クマに襲われた体験談とデータで見る『熊が人を襲うとき』

2020/10/30

取材先はクマがいるところ

2020年10月、東北と北信越地方で、山間部の住民が熊に襲われ負傷するという出来事や、市街地での熊の出没が報道などで注目を集めました。私たちフィッシュパスも全国を巡り、特に渓流魚を主に取り扱う漁業協同組合と接触する機会が多く、その活動場所はほとんどが山間部です。私たちは、釣り人がイワナの生息を予感する美しい渓谷の風景を提供するため、一枚一枚の写真を撮影しています。その写真が釣り人の心を引きつけ、「ここで釣りをしてみたい」と思わせるような風景を切り取るため、地元の組合長や理事に絶好のポイントをたずねることもしばしばあります。

実際に彼らと共にフィールドをガイドしてもらうことが多く、その際に頻繁に耳にするのは「ここはクマの通り道だ」「以前、ここでキノコを採っていた人がクマに襲われた」といった話です。釣り、特に渓流釣りは、クマが生息する上流や源流部に足を踏み入れることを伴います。それゆえに、いつクマに遭遇するか予測できない危険性が付き纏います。

今回は、クマに実際に襲われた組合長の話と、クマの生態や被害をデータを基に解説した本の紹介を行います。ただし、特に強調しておきたい点があります。それは、私たちが今回提示する内容には、「助かる方法」を示すものは含まれていません。理由は、今回紹介する本を読んでわかったことですが、○○年の○○県ではこの方法では助かったが、○○年の他県では命を落としてしまったなど、これが正解」と断言できる方法が存在しないのです。

環境省:クマ類による人身被害(速報)

【引用】環境省のページ(こちら

ここでは、環境省が2020年8月末時点までにまとめた統計速報を参照します。これにより、年度別のクマによる被害状況を時系列で比較することが可能となります。ただし、8月末の時点でのデータなので、現在の2020年10月までのデータは含まれていません。

最近クマがなぜ頻繁に出没しているのか

pixabavからの画像

最近、テレビで毎日、専門家や動物園の飼育員が解説しています:なぜ近年クマが頻繁に里山や町中に出没するのか。その議論で頻繁に取り上げられるキーワードが「過疎化」や「里山の崩壊」です。しかし、それらの具体的な例がしばしば不足しているため、このあと紹介する組合長の説明を元に、この問題を整理してみることにしました。

1)クマ自体の個体数が増えた

山形県の置賜地方、最上川を管轄する漁業協同組合の代表理事である組合長に話を伺いました。その組合長によると、単純にクマの数が増えた、圧倒的に、ということです。その主な理由として、彼はマタギ、つまり狩猟を生業とする人々の数の減少を挙げています。組合長の出身の村では、かつて500人の部落には15人ほどのクマ狩りの専門家がいました。しかし、現在ではその数はわずか2人にまで減少しています。自然界でクマの最大の天敵であるマタギが減少すると、当然クマの数は増加するというわけです。

2)里山が消失し生活エリアの境界がなくなった

さらに、組合長によれば、もう一つの要因は「里山」の消失、つまりクマと人間の生活領域の明確な境界がなくなったことによるとのことです。里山とは、人間の活動によって形成・管理されている山や森林を指します。これは必ずしも山の中という地形的な場所を指すわけではありません。人間の生活の営みがそこに存在していることが必要な条件となります。生活エリアがあるということは、そこで労働が行われ、食物の消費がエコシステムの一部となっているということです。

かつての生活は、早朝に目覚めて火を焚き、昼間は畑を耕し、夜は家族と共に家で過ごすというものでした。家からは明かりや煙が見え、熟した果物は早期に収穫され、多くの家庭で犬が飼われていました。現代とは比べ物にならないほど、その地域は生活感に溢れ、活気が溢れていました。

その頃、人間の生活空間と山の間にははっきりとした境界線がありました。これは柵やロープによるものではなく、草刈りが行われ、整然と保たれていたことで、一目で境界線がわかるようになっていました。本来、クマは臆病な生物で、人間や吠えながら追いかける犬がいるエリアには踏み入ることはありませんでした。逆に人間も、そこがクマの領域であると認識し、敬遠していました。

しかし、近年の少子高齢化と過疎化の進行により、里山での生活は消失し、その境界線も曖昧になったか消えてしまいました。結果として、クマが恐れて避けていたエリアは存在しなくなったのです。さらに、前述したクマの個体数の増加により、限られたエリア内の食物源は減少し、食物を求めてクマたちはかつての境界を越えて拡大していきます。組合長は、これがクマの出没や目撃が頻繁になった背景であると、30年にわたる観察から解説しています。

3)人間の捨てたゴミからクマが味をしめた

組合長によれば、問題の一因はゴミにあるという。人間が捨てたゴミは、ドングリやタケノコ、木の実を主食とするクマにとって、それまでに経験したことのない新鮮な美味しさを提供します。そして、ゴミには人間の匂いが染み付いています。それゆえに、クマは人間の匂いがする場所に美味しい食物が存在すると結びつけます。このため、食物への欲求が人間への恐怖を上回り、クマは人間の生活圏に侵入してしまうのです。

組合長は、山登りやキノコ狩り、釣りにより残されたゴミが、クマの感覚を混乱させる一因になっていると言っています。

猟師がクマを駆除以外に狩る理由がある

クマの胆嚢(たんのう)は100万円

クマの肉と地元で取れたキノコ使ったそば

狭い地域では牛や豚、鳥の飼育は難しく、クマ肉は里山で生活を営む人々にとって、大切な食糧源として提供されていました。また、クマの毛皮は防寒対策に役立ちました。

しかし、肉や毛皮以上に高く評価されていたのがクマの胆嚢(たんのう)で、それは熊の胆(くまのい)とも呼ばれます。その胆嚢は漢方薬として用いられ、市場価値も非常に高く、大変重宝されていました。その効能は、様々な病気に効く万能薬とされています。風邪の際は、粉をお湯に煎じて飲むとたちまち熱が下がり、また二日酔いも一気に治ります。診療所まで距離がある東北の里山では、幼子を持つ家庭はこの粉を持っていると安心でした。

その価値から「金袋」とも称され、その価格は米俵50俵に相当し、砂金よりも価値があるとされていました。現在でも、その価格は地方で60万円、都市部では100万円以上に達することもあります。入手困難であるため、富裕層や企業の経営者が金庫で保管しているとも言われています。

注)クマの胆嚢の価格を表示してますが、2023年8月現在、国内での取り引きは医薬品医療機器等法にて、国際的にはワシントン条約にて規制されています。

クマに襲われた組合長の体験談

組合長は2016年12月4日、熊に襲われました。

前々日

組合長は、30年来の鉄砲撃ちです。山を知りつくし、多くのクマを捕獲してきました。12月2日、雪が薄く積もった地元の山で、クマを捕獲しました。

当日

組合長は、連日続いた収穫祝いの宴会が終わったあと、前回、目を付けていた他の場所にクマがまだいるのではないかと考え、クマの痕跡を探しに行きました。川を越え、谷を上り、目指す地点に到着しました。しかし、クマの気配は一切ありませんでした。周囲を捜索し、岩にたどり着いたとき、岩を登って上半身を前に乗り出しました。その瞬間、目の前に真っ黒なクマの顔が現れました。

pixabavからの画像

いきなり頭から

クマと目が合った瞬間、突如として牙を剥き出しにして頭部に噛み付かれたと組合長は語っています。クマは一度噛み付いた頭部を離すことなく、牙と骨が摩擦する音と、頭蓋骨がギシギシと鳴る音が響いていました。彼は、耳を通じてではなく骨を通じて伝わってくるその音を、今でも忘れられないと言います。クマに噛まれた自身の頭から無理矢理にクマの顔を両手で押し除けて引き離したのです。

再び強襲

クマは一旦ひいたように見えましたが、驚くべきことに、その後転倒してしまった組合長の左膝に噛みつきました。さらに、組合長を下敷きにして顔をめがけて牙を向ける恐ろしい光景が広がりました。

クマの喉に手を突っ込む

襲いかかるクマの大きな牙に対し、組合長は咄嗟に両手をグーにしてクマの口の中に突っ込みました。それにより、腕は噛まれ傷を追いましたが、徐々にクマの口は開いたままになり閉じられなくなりました。クマは頭を大きく振り、突っ込まれた腕を振り払おうとしましたが、次第にその呼吸が乱れ、体をのけぞらせて後退しました。

クマは去っていった

その後、クマは去っていきました。組合長は救助を求め、山を下りようとしましたが、頭から流れる血のために前が見えなくなってしまいました。彼はキャップ帽を使用して出血を止め、視界を確保しました。約60分かけて山を下り、携帯電話の電波が届く場所に到着すると、友人に電話をかけました。彼は救急車を派遣してもらうように頼みました。幸運なことに、里山に到着すると救急車が待ち構えていました。組合長は血まみれでしたが、驚くべきことに痛みは全く感じませんでした。

ドクターヘリによる搬送

山形県から見る飯豊連峰

組合長は救急車に乗り、待機していたドクターヘリの位置まで移送されました。その後、彼は30km離れた市立病院へと搬送されることになりました。この移送にはわずか15分の時間でした。そして、組合長は意識を失いました。

集中治療と2週間入院

組合長はクマに襲われた結果、頭部と顔面に挫傷を負い、左膝を骨折しました。彼は2日間にわたる集中治療を受け、その後14日間入院しました。退院後は1ヶ月間、自宅での療養を行いました。今でもクマに噛まれた傷跡は残っています。この出来事をきっかけに、組合長は猟師の道を離れ、内水面漁業協同組合の組合長となりました。彼は現在、川や魚、地域との連携に尽力しています。

データから見るクマが人を襲うとき

著者紹介(米田一彦:まいた かずひこ)

1948年青森県十和田市生まれ。秋田大学教育学部卒業。秋田県庁の自然保護課勤務後、フリーのクマ研究家となる。ツキノワグマの生息状況調査を行い、著者自身も過去に8回クマに襲われた経験を持つ。

本の内容

米田氏は著者として、過去の報道や各県の図書館を訪れ、さらに地元紙の朝夕刊やマイクロフィルムから、明治後期から平成期までのクマに関する事故について調査しました。ただし、クマの狩猟や駆除による事故は統計に含まれていません。著者は自然の状態でクマに襲われた事故の総数を調査し(事故総数1,993件、被害者数2,255人)、各ケースを分類し、県別、月別、時間別などのデータを用いてレポート形式でまとめました。

クマの被害 県別発生件数

引用・参考文献:米田一彦、2017、『熊が人を襲うとき』、つり人社

地図を用いて、ツキノワグマによる被害が最も多い県をまとめました。その結果、岩手県が最も多くの被害を受けていることが明らかになりました。2015年までの発生件数は341件となっています。また、事故は主に東北から北信越地方に集中していることも分かりました。

月別のクマによる死亡件数

発生月については、4月から11月の期間内で特に5月と10月に事故が突出して発生していることが分かりました。しかし、注意すべきはこれらの月だけではないようです。『熊が人を襲うとき』という資料によれば、初夏には草木が密集し、山菜採りなどで人々が山に入らないため、全体的な遭遇件数が減り、被害も減少する傾向があるとされています。つまり、注意すべき月だけでなく、その他の時期でも熊に注意を払う必要があるということです。

引用・参考文献:米田一彦、2017、『熊が人を襲うとき』、つり人社

釣りでの月別事故人数

『熊が人を襲うとき』の被害事故調べでは、「釣り」と記された事故は70件(70人)とあります。
・1975年8月24日:京都市24歳男性、顔を噛まれて重傷
・1992年8月9日:宮城県蔵王町51歳男性、子連れと遭遇して、右肩、顔を噛まれて重傷
・1969年7月3日:山形県月山39歳男性、遭遇し木に登り、4時間竿でクマを突き続けて退散させる

釣り人が被害を受けやすい月は、6月、8月、および9月である理由について考えてみましょう。6月の理由は、クマの交尾期(繁殖期)による攻撃性の高まりです。この時期にはクマがより攻撃的になる傾向があり、釣り人がクマとの遭遇に注意する必要があります。

一方、秋における被害の理由は、水流の淀みにドングリ類が集まるため、クマがこれらの食物を採取するために釣り人と遭遇する可能性が高まるという意見があります。ドングリが豊富に集まる場所にはクマもよく現れるため、釣りを人は注意が必要です。

これらの理由から、釣り人は特に6月、8月、および9月にはクマに対する注意を払う必要があることが示唆されています。

ツキノワグマによる釣り人死亡はゼロ

上記の資料からは、多くの方がクマによって命を落としており、特に釣り人の死亡事故があったと推察されます(北海道に生息するヒグマによる死亡事故は報告されています)。しかし、本州に生息するツキノワグマによる釣り人の死亡事故は一件も報告されていないようです。では、その理由は何でしょうか。『熊が人を襲うとき』という資料では、以下の理由が挙げられています。

・友人等で複数で入川することが多く、遭遇時に協力して対応している
・鈴やクマスプレーを携行する人が多く、対策が浸透している
・山菜採りと違って、視野が水平方法で、クマに気付きやすい
・川自体には草木が生えない為、その場所は開けており視野が保たれている

これらの要素が組み合わさり、本州においてはツキノワグマによる釣り人の死亡事故が報告されていないのかもしれません。

釣り人にとってのクマ遭遇パターン

渓流釣りを楽しむ仲間たちの間では、40cmイワナや原種イワナとの出会いなど、さまざまな話題が盛り上がります。しかし、その中でも必ず話題に上がるのがクマとの遭遇体験です。釣り人にとって、クマは遭遇したくない生き物であり、遭遇を避けることが絶対です。しかし釣り人の性として、人が入ってるポイントは、魚が既に抜かれているか、魚が警戒心が強くなっているかで、なかなか釣果が得られません。そうなると、自然と人が入っていない奥深い渓流へと進んでしまいます。そこでは、これまでとは違った釣果が期待できるため、ますます奥へと進んでしまいます。

そんな時、繁みでガサッと音がした、なんか今まで嗅いだことがないようなケモノの臭いを感じ、我にかえることがあります。通ってきた川をそのまま下がって帰れば良いものの、林道に出た方が楽に早く帰れると思い、林道がある方向に草木をかき分け進んでしまうことがあります。途中、背丈までのびた草木で目の前50cmの視野もない場所に突き当たります。ツタが足に巻きつき、身動きが取れなくなった時、ここで熊が出てきたら…という体験をした方もいるやもしれません。

渓流釣りを愛する方へ

来年の3月には北信越地方で、4月には東北地方が待ち望んだ渓流釣りの解禁となります。釣り人たちは心待ちにしている出会いが、クマではなく天然のイワナであることを切に願っています。クマに対する畏敬と警戒心を忘れずに、万が一の場合に備えた準備をしっかりと整え、渓流釣りを安全かつ快適に楽しんでください。

書籍紹介

『熊が人を襲うとき』

2017年つり人社、単行本:1980円、Amazon:こちら

『人狩り熊』

2018年つり人社、単行本:1780円、Amazon:こちら

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