越後の川が紡ぐヒトとサカナの物語Vol.4 新潟県 関川水系漁業協同組合


新潟と長野を結ぶ北国街道は善光寺参りをする旅人たちが行き交い、佐渡島で産出した金銀を運ぶ重要な交通路だった。新潟から善光寺に向かう旅人は関所を抜けて長野県へと入る。その関所の脇を新潟と長野の県境をはっきりと分けるように関川が流れている。旅人は関川をまたぐように橋を渡る。橋から関川を見下ろし、越境したことを旅人は実感したかもしれない。


関川は新潟県妙高市と糸魚川市にまたがる標高2400㍍の活火山・焼山を水源に妙高山麓の東側を回り込むように流れ、日本海へと水を運ぶ。妙高山は日本百名山に選定され全国各地から登山客が訪れる有名な山だ。
「風土が良く穏やかな土地柄です」と話すのは関川水系漁協の作林一郎組合長。組合長になって3年目。「川釣りもしないのに組合長になったんですよ」と笑う異色の組合長だ。

関川沿岸にある化学工場に勤めていた作林組合長は工業用水などの手続きで漁協との付き合いはあったが「漁協のことはよく知らなかった」と話す。先輩に誘われて漁協の活動に取り組むことになった当時は「組合というより釣り好きの人たちが集まった組織」という印象だった。「全組合員で将来を見据えて組合経営していくという雰囲気はあまりなかった」と振り返る。
組合長になってまず手を付けたのが組合の意識改革だった。組合員には遊漁券付き組合員証を発行し、遊漁券を購入しなくても川釣りが楽しめるようにするなど「特典」を設けることで組合への参加意識を高めた。現在、組合員数は42人で若い世代の加入もあるという。「放流事業は魚種によって責任者を決めているが、その責任者が事業への参加を組合員に呼び掛けることで積極的に参加してもらえるようになった」と、一部の役員だけが作業を担うのではなく、組合員に幅広く声を掛けることで参加意識も高まっているという。
また、「組合員がいてこその組合。組合がどんな活動をしているか知ってもらうことが大切」と組合の活動を積極的に情報発信するために「漁協だより」を作成して組合員に送付することも始めた。「新しく加入した組合員に組合が何をしているか知ってもらうことができるし、情報発信することで組合員が増えてくれたら嬉しい」と作林組合長は期待する。

「漁協だより」の広報担当者は企業で広報担当を経験していた組合員が担っている。組合員の仕事は増えたが「負担が増えたことに対する不満も聞かない。やりがいにつながっている」という。「組合の活動を知ってもらい、将来の活動目標を組合員で共有することが非常に大切」と作林組合長は組合内で情報と活動を共有することの重要性を説く。「まずは組合員を大切する組織にする。組合員への情報発信を積極的にするのと同時に若い組合員を育てていく」との言葉通り、2022年度は前年比で12名増えたという。
組合内の意識改革と同時に地域活動の改革にも取り組んでいる。「毎年8月に開催しているニジマス釣り大会は大会の趣旨が曖昧で中途半端な感じがしたのでより競技性を持たせるようなルールに改正したんです」と競技ルールをより明確にして参加者の対抗心をくすぐることで大会を盛り上げた。同時期にニジマスを約200匹提供して、子供たちが楽しめる「ニジマスつかみ取り大会」も地元の町内会と共催した。
どちらの大会もお盆休みに開催した。釣り大会の参加者のうち、半分以上は県外から帰省した子供たちで、地元に住む祖父母に連れられて来ていた。評判も良く、「来年もやってね。ここに連れてくれば孫たちも喜ぶから」と声を掛けられたという。「子供たちが参加する大会を開催すれば付き添いで親や祖父母も来るから賑やかになるし、多くの人たちに川のことを知ってもらう機会になる」と夏休みに大会を開催する効果に期待する。
また、義務放流とは別に自主事業でイワナの成魚約千匹を放流したり、地元の小学生と一緒にサケの稚魚約1万匹を自主放流している。義務放流の負担も大きく「いつまで続けられるか分からない状況」だと言うが、「サケは遡上してきているし、遊漁ではアユの釣り人が減ってきているのでイワナ、ヤマメ、ニジマスに力を入れている」と厳しい財政でも自主放流をするメリットを話す。

地域住民に漁協の活動を理解してもらうためにも、釣り大会や自主放流事業は組合活動の中で大切な位置付けになっているという。「漁協って何をやっているのと疑問を持っている人もいる。釣り大会や放流事業は地元メディアを通して積極的に情報発信する機会にもなるんです」と地元メディアなどにプレスリリースを出して積極的に情報発信することで地域を巻き込んだ事業に繋げていくつもりだ。
組合長に就任してから様々な改革を進める作林組合長だが、川釣りなどを楽しんだ経験は無く、どちらかというと川とは馴染みが薄い方だといえる。「釣りも分からないし、エサも何を使ったらいいか分からないのにどうして組合長をしているかというと河川の環境問題に興味があったんですよ。化学工場に勤務していて環境に負荷をかけていたという思いがあるし、河川の災害も多く、河川改修するにしても防災や安全性が優先されて魚が生息できる環境がだんだん悪化している。ただ堰堤を作るのではなく、魚道を設置してもらったり、河川に魚が生息できる環境づくりをしていかないといけない」と関川への想いを語る。
「魚が産卵する時期やふ化する時期は工期をずらして欲しいと要望している。川に生息する魚目線になって要望を出す役割も漁協にはある。濁水が魚にとって悪影響を及ぼすこともある。それを防止するような工事内容にしてもらいたい」と河川工事に同意する際に要望を忖度なしに出す。そうすることで施工業者が川のことをより深く理解して最適な工事をすることになり、河川環境も良くなると言い切る。河川改修の状況を把握するために実際に工事現場に足を運ぶこともあるという。

さまざまな意識改革を促して「組合の足腰」を強化することで、持続可能な「体力のある組合」にすることを目標に据える。「今の組合の状態ならあと10年持つか持たないか」と危機感を持つ。手持ちの資産を最大限に活用するために「数字やデータをもとにした効率の良い組合活動をしていかないといけない」と説く。
例えば、どの川のどのあたりに何人くらいの釣り人がいるのかを把握できるようにして、そのデータを蓄積できれば、魚種や数量を合理的に判断して効果的な放流をしていきたいという将来像を描く。だが、今はまだ「渓流魚の遊漁が3月1日から解禁されるが、スノーシューで雪の上を歩いて川にアクセスする釣り人もいて、なかなか詳細な数字を把握するのは難しい」というのが現状だ。
遊漁料が組合活動の一番重要な収入源だ。それだけに今後、釣り人の動向をより詳細に得られる遊漁券販売のシステムができることに期待を寄せる。「放流してあとは好きに釣ってというだけでは難しい。具体的なデータをもとに放流を効果的にやりたい。そうすれば、釣れないという不満にもある程度対応できるのはないか。河川流域すべてを釣りができるように管理整備することは不可能。渓流魚を釣るならあの場所だよねという釣り場を作りたい。限られた予算のなかで効果的な資源投入が不可欠だ」と作林組合長は力を込める。
遊漁券の3分の1は県外の人が購入しているという。そこに着目して「効果的な資源投入」をすることで収入増につなげていく、そんな「秘策」を少しづつ進めている。

「令和6年度から実施したいと思っている事業がある。関川に道路アクセスも良く車を近くに駐車して釣りができる利便性の良い場所が長野との県境にあるんです。去年もその近くにイワナ成魚約300匹を放流してきた。そのエリアで長野県の北信漁協との共同事業でキャッチアンドリリース事業をしたいと考えているんですよ。キャッチアンドリリースの手軽さで釣り人口を増やしていきたい。沢山釣ってもすべてを持って帰る人は少ないらしい。持ち帰った魚を捌いて料理するのも大変ですし。ルールを決めて純粋に釣りを楽しむ場所にしたい。それに、地元の人たちと一緒に道路整備や駐車場整備ができれば地域活性という点でも事業メリットが期待できると思う」と将来の事業計画に力を込める。


だが、事業をスタートするには越えなければいけないハードルが沢山あるのも事実だ。対岸は長野県で河川を共同管理する北信漁協との協議も必要だ。「道路についても近隣住民に説明する必要がある。いろいろ条件整備しないといけない。ひとつひとつクリアして県の認可を得るのは大変だと思う」と作林組合長は実現までの厳しい道のりを語る。
「関川の環境を守るためにも持続可能な組合にする」ための一歩となる新規事業の旅はまだまだ始まったばかりだ。行政上の手続きという「関所」を越え、関川を渡り長野県の北信漁協との協議もある。県境を流れる関川は昔から変わることなく、旅人たちの想いを集めながら日本海へと向かう。

【妙高市に来たらこれ食べなっせ】
作林組合長のオススメ
「とん汁 たちばな」

「縄文そば 今町屋」

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