「越後の川が紡ぐヒトとサカナの物語」新潟県 魚沼漁業協同組合

2022/05/27

ベストセラー作家を魅了した魚沼地方の河川

新潟県魚沼地方を流れる魚野川は人々の生活を支え、産業をつくり、文化を生み出してきた。谷川岳を水源として三国山脈の雪解け水を集めながら魚沼市中心部を抜けて北に向かい、やがて信濃川に合流して豪雪地帯の雪解け水を日本海へと運ぶ。 
 豊かな水量は魚沼地方を全国トップクラスの稲作地帯に育て、雪が育む清らかな水は全国に名が響く特Aランクの魚沼コシヒカリと名酒を生んだ。
魚影も濃く、川の恵で生きる人たちの暮らしを支えた。
 その魚沼地方を流れる川に心惹かれたベストセラー作家が二人いる。ひとりは江戸時代に魚沼地方で暮らしていた鈴木牧之氏。雪国に暮らす人々の生活を著した「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」は当時のベストセラー本になった。そのなかで、魚野川のサケとともに暮らす人々の姿を鮮明に描いた。
 そして、もうひとりが、釣りと酒をこよなく愛し、日本のヘミングウェイとも言われた開高健氏だ。開高氏は魚沼市中心部から東に向かって車を40分ほど走らせたところにある奥只見湖周辺の銀山地域に棲む大イワナに心惹かれ、足繫く通い、長期滞在して釣りを楽しみ、その体験を著した。
 江戸時代と昭和、時代を超えてふたりのベストセラー作家を魅了した魚沼地方の河川の魅力を探ろうと、そのふたつのエリアを管内に持つ魚沼漁業協同組合を訪ねた。

魚沼市中心部を流れる魚野川
魚野川を眺める三国山脈
魚沼地方は国内有数の稲作地帯。代かきも始まり田植えも近い。
魚野川支流に飾られた鯉のぼり

魅力ある河川を次世代へ—魚沼漁業協同組合の取り組み

「魚野川の名前の由来は分かりますか?。方言で魚のことをイヨとも言いますよね。魚がたくさんいるところからイヨの川からウオの川と転じて魚野川という名称になった。昔はいろんな魚が沢山いる川だった。季節ごとにハヤ、アユ、サケ、カジカなどいろんな魚が豊富に捕れた。その状態に戻すのは難しいが、漁業資源だけはきちんと後世に残していかなければならない。地域の大切な宝を未来に残していくのが漁協の使命だと思っています」と力強く語るのは魚沼漁業協同組合の小池信通副組合長。魚野川と共に暮らしてきた小池副組合長も魚野川に魅了されたひとりだ。

地図を指さしながら管内の河川を説明する小池副組合長

 「私が中学生のころは夏に夕闇が始まるころ夕涼みがてら川に入って、石陰に隠れていたカジカが出てくるところをヤスで突けばいくらでも捕れた。上級生に捕り方を習ってね。夏の遊びの良い思い出ですよ。高校生ぐらいになるとね、川で捕った魚を鮮魚店に売りに行くんだよ。町に鮮魚店が何軒かあってね、良い小遣い稼ぎになったんだよ。それで新しい竿を買ったりしてね」
 子供のころの思い出を語りながら小池副組合長は川離れが進む今の子供たちの現状に懸念を抱く。河川の危険性ばかりに目が向き、その魅力に気付く機会がなかなか作り出せていない社会環境をどう変えていくか。安全を担保しつつ、川をどのように楽しむかが問われる難しい課題に直面している。
「子供のころは一緒に遊んでいた上級生が魚の取り方や遊びを教えてくれた。でも今は若い世代の親になると自分たちも川で遊んだ経験がないから子供に川での遊び方を教えることもできない。テレビゲームとか遊び方も変わってきているからますます川離れが進んでいく」と小池副組合長は危惧する。豊かな川づくりを目指して稚魚を放流しても川と人が離れてしまっては、将来の展望が見えない。安定的に放流を続けても遊漁券の売上が右肩下がりになれば、河川の維持管理を担う漁協も収入が落ちて活動が制限されてしまう事態にもなりかねない。川と暮らしが密接に結びついた伝統ある地域で組合員数は2.200人を数えるが、最大で6.000人いたころと比べると半数以下になっている。現状を見渡せばマイナス材料が多い。それでも、「遊んだり、稼がせてもらった川に恩返しがしたい」という小池副組合長の言葉は全組合員の想いとも重なって漁協としてさまざまな活動に取り組む原動力になっている。

 漁協が創立70周年を迎えた2020年、記念事業として地域の人たちに川の魅力を伝えようと学校や幼稚園、各地域の自治会などに呼びかけて稚魚放流活動を行った。過去最大の20以上の学校や保育園などの児童が参加、初めて川に足を入れた児童も多く、地元の子供たちに貴重な体験を提供した。
「地域のコミュニティーや企業なども主体的に取り組んでくれました」と話すのは同組合の桑原和義参事。河川と関係する事業を行う地元企業に協賛を求めるなどして、漁協の記念事業という枠を超えて「地域全体の取り組み」という状況を作りながら将来も継続できる活動につなげた。
 漁協の事務を取り仕切る桑原参事も魚野川に魅了されたひとりだ。「30歳くらいのとき、職場の先輩で釣りを教えてくれる人がいたので竿を持って魚野川に久しぶりに入ってみた。今まで見たことが無かった景色が広がっていた。堤防の上を車で通ることがあっても、川に足を入れて見る風景はまったく違うものだった。そこで川虫を捕ってヤマメなど渓流魚を釣っていると楽しくて、そこからアユ釣りを始めたりしました。遠くに行かなくても歩いて行けるところにこんな素敵な川があるんだということを大事にしたいし、人にも伝えていきたいという気持ちがある。川の恵みを後世に伝えていきたい」と桑原参事は魚野川への想いを語る。

事務を取り仕切る桑原参事。窓から魚野川が見える

 70周年記念事業後も漁協の取り組みは続いた。子供たちに川や魚に触れてもらう機会をもっと作り出そうと、魚沼市の観光協会と共同で21年の夏、初心者のための釣り体験を開催した。釣り道具は漁協が準備して釣りの講師役は組合員が担った。親子や女性グループなどが参加、1回15人定員で2回開催したが、多数の応募があり盛況だった。
 漁協では19年に持続可能な川づくりを長期的な視野に立って目指そうと、子供たちに川の魅力を伝えていく事業の在り方を検討した。親が川釣り経験が無ければ子供にも教えることができない。そんな状況を打破しようと、漁協でも釣り教室を開催して釣り人を増やす取り組みに力を入れている。
 また、管内に住所を持つ19歳未満の高校生は漁協で申請すれば遊漁料を無料にする制度も設けている。「私もアユ釣りを始めたのは高校生のころ。きっと興味を持ってもらえると思う」と小池組合長は期待する。毎年、数人は申請に訪れるという。川を楽しむ機会を作りだすことで「遊び、稼がせてもらった豊かな川」に感謝する気持ちは着実に次世代を担う子供たちの中で芽吹き始めている。

魚野川を眺めながら川遊びの思い出を語る小池副組合長と桑原参事

 そしてもうひとり、魚沼地方とは縁もゆかりもなかった作家・開高健氏が奥只見湖周辺の銀山地域になぜ魅了されたのか。「ダムができて奥只見湖に小魚が沢山集まるようになって、餌が豊富になったことから大イワナが釣れるようになったとも言われているんですよ」と小池副組合長は話す。開高氏も奥只見湖で60センチを超える大イワナが釣れるという話を聞き、銀山地域に興味を持ったらしい。開高氏が著作で取り上げたこともあり、釣り人の人気が高いエリアで、漁協も奥只見湖周辺にキャッチアンドリリースポイント区域を設けるなどして環境資源保持に努めている。魚沼市中心部にある漁協事務所ビルから奥只見湖に向かった。

魚野川と佐梨川の合流地点に立つ漁協ビル。事務所の窓から魚野川を眺めることができる

今なお釣れる奥只見湖の大イワナ!-開高健を魅了した銀山エリア

 奥只見湖は地元では銀山湖と呼ぶ人造湖で、奥只見ダムが建設されてから奥只見湖と呼ばれるようになった。魚野川と佐梨川との合流地点にある漁協事務所ビルから奥只見湖へは佐梨川沿いに車を走らせることになる。佐梨川を右手に見ながら進んでいくと奥只見シルバーラインの入口にたどり着く。奥只見シルバーラインは奥只見ダム建設工事のために作られた道路で、いくつものトンネルをくぐり抜けて奥只見湖へとつながる。奥只見湖の湖畔にある銀山平と呼ばれる銀山エリアに行くにはトンネルの途中で右折する。銀山平を示す標識も出ているので見落とすことはないが、トンネル内にT字路があるのは珍しく、少し戸惑う。

魚野川支流の佐梨川
奥只見シルバーライン。いくつものトンネルが続く

 トンネルを抜けると初夏と言ってもいい5月中旬にもかかわらず、雪がまだ1メートル近く残っている。残雪で湖岸や川岸へのアプローチは短靴では難しそうだ。残雪がない日当たりの良い場所にはフキノトウが花開いている。初夏を感じるやや強い日差しのなか、残雪によって冷気を含んだそよ風が心地良い。渓流釣りを楽しんでいる釣り人と行き会う。今のところ釣果はゼロだが「この季節の銀山平の景色は素晴らしく、釣れなくても楽しい」と言う。

 奥只見湖へと続く北ノ又川のほとりに「河は眠らない」と刻まれた開高健氏の文学碑が残雪の中に建っている。開高氏は銀山平が気に入って長期滞在しながら釣りを楽しみ、山菜を味わい、執筆したという。

トンネル内を右折するとすぐに北ノ又川に出会う
開高健の文学碑
雪解け水を集めながら奥只見湖へと向かう北ノ又川
銀山エリアでは捕獲数を制限して資源保護に努めている

 「4月の終わりごろ、70センチの巨大なイワナが釣れたんですよ。近年では稀な巨大イワナで、今はその話題で奥只見湖を訪れる釣り人たちも盛り上がっているんですよ」。奥只見湖の大イワナについて教えてくれたのは銀山平で釣り人や登山者に宿を提供する伝之助小屋の店主・新井拓磨さん。伝之助小屋は奥只見湖から近く、釣った魚を渡せば無料で調理して夕飯に供してくれるなど、釣り人に人気が高く、船外機付き小型ボートも借りることができる釣り人にとって嬉しい宿だ。多くの釣り人が集う宿の店主である新井さんの言葉は開高健氏を魅惑した奥只見湖の大イワナの物語を十分に裏付けてくれた。
 早速、伝之助小屋から車で5分ほどの奥只見湖に向かった。

釣り人や登山客に人気の宿・伝之助小屋

 奥只見湖は東京ドーム約235個分の面積を誇り、観光遊覧船も運航されるなど人気の観光スポットになっている。特に奥只見湖を囲むブナやカエデが紅葉をする秋は多くの観光客で賑わう。爽やかな新緑の葉を揺らす広葉樹を眺めながら湖岸を歩いていると、トローリングでルアーを流してサクラマスとイワナを狙っていた釣り人に話を聞くことができた。群馬県から奥只見湖に通って30年になるという男性で、この日は35センチほどのイワナを釣りあげた。お盆ごろになるとワカサギ釣りを楽しむという。「友人の案内で初めて奥只見湖に釣りに来たときに、40センチのイワナを釣りあげたんです。そのことが忘れられなくて通うようになった」と話す。この釣り人もまた奥只見湖の大イワナに魅了されたひとりのようだ。「それに景色が美して、気持ち良いところだからね」と言葉をつなげて銀山平の魅力を語ってくれた。
 大イワナと銀山エリアの美しい景色が訪れる人たちを魅了しているのは間違いなく、その魅力は訪れた多くの人たちの間で語られているようだ。

大イワナが棲む奥只見湖
湖畔に建つ伝之助小屋が所有する建物の中に飾られている魚拓
釣りあげたイワナを見せてもらった。これからリリースするという。魅力ある銀山エリアを守ろうと釣り人も資源保護に心を配っている

いかに多くの人に情報を届けるか-漁協が目指す情報発信の未来

 「きっかけはシーズンになると釣果や河川状況について電話での問い合わせが多くなり、対応に追われて他の仕事ができなくなってしまうことだったんですよ」と情報発信に力を入れるようになった経緯を小池副組合長は語る。
 管内を訪れる釣り人を増やそうと、5年ほど前に漁協内で情報管理委員会を立ち上げて漁協のHP(ホームページ)の充実などを検討。電話での問い合わせが多かった釣果や河川状況についてHPで情報提供するようにしたところ、アクセス数が飛躍的に伸びた。釣り人からもHPの釣果情報を見て来たという声も多く聞いた。釣果情報など釣り人目線の情報の重要性は認識したが、リアルタイムでいかに情報を届けるか、が課題になった。多くのマンパワーも必要になる。そこで活かされたのが漁協の組織力だった。
 管内にある各支部ごとに数名の担当者を決めて細かな情報を提供できるようにした。また、担当者がアカウントを共有することでリアルタイム情報を即座にアップできるようにするなど受け手のニーズに応えられるシステムを作り上げた。
 「これまでの経験を活かしながら、釣り人が自由に管内の河川について語れる交流サイト創設を実現したい」と小池副組合長はSNSを活用した将来ビジョンを語る。鈴木牧之氏や開高健氏のように、漁協が創設した交流サイトで魚沼地方の河川の魅力を表現豊かに語る作家が現れる日も近いかもしれない。

魚沼漁業協同組合管内の遊漁情報などは以下の魚沼漁協HPでご確認下さい。
魚沼漁業協同組合 (uonuma-gyokyou.or.jp)

【漁協に来たらこれ食べなっせ】
小池副組合長のオススメ!
「カジカ酒」「アユの塩焼き」

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