越後の川が紡ぐヒトとサカナの物語Vol.5 新潟県 能生内水面漁業協同組合

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日本海の波は北風に押されるように海岸に激しく打ち寄せる。海岸で羽を休めていたウミネコが舞い上がり、大きく広げた翼で北風を受けながら滑るように能生川河口の上空で円を描き、沖に向かって飛び去っていく。
河口から上流に向かって5分ほど歩くとサケのやな場と魚道に作られた捕獲槽がある。そのやな場を見下ろすように能生内水面漁業協同組合の事務所がある。


「能生川は四万十川にも負けない清流ですよ」と力強く話すのは同漁協の斉藤雄司組合長。能生川は、日本百名山にも選定されている火打山を水源とし、どの水系にも属さずに単独流域で日本海へとつながる。「ダムや発電所もなく、どの企業も能生川の水を利用していません」と斉藤組合長は清流の理由を説明する。
過去、飲料水に利用する計画が持ち上がったが同漁協の組合員や農家が反対し、計画を白紙にしたこともあった。「あの時、反対したことで清流が保たれている。先輩たちが残してくれた財産だと思っている」と斉藤組合長は能生川が自然環境に恵まれているだけでなく、先人たちの努力のおかげだと話す。その努力は生態系にも及び、自然環境の悪化で生息数が減少し絶滅危惧種になっているカジカ科のアユカケが能生川に多数生息していることも大学の調査で明らかになっている。
また、「ダムもなく河口から10㌔先上流までアユ釣りを楽しむことができ、アユ釣りファンの間では知る人ぞ知る川」だという。県外からも多くの釣り人が訪れ、近隣の民宿から「遊漁券を扱わせて欲しい」という連絡があるほどだ。「遊漁エリアが広いから監視活動も大変なんですけどね」と苦労を笑顔で語る。

努力しなければ豊かな能生川は維持できない、という想いは組合活動の原動力になっている。ただ、自然環境は年々厳しくなり、求められる努力も大きくなっているのも事実だ。組合活動を支える収入源の中核はサケの採捕事業だが、その事業も年々厳しくなっている。「地球温暖化の影響か何かは分からないが、この4年間、サケの回帰率が減少している」という。回帰率は0.3%ほどで1000匹稚魚を放流しても能生川に帰って来るのは3匹ほど。「サケを6000匹採捕できれば赤字にならない」という。「これまで200万匹放流していて、6000匹は帰ってくる計算になるが、3000匹しか帰って来なかった年があり、組合の経営も厳しくなっている」と厳しい現状を明かす。
サケは組合にとって重要な財源で不漁は経営圧迫に直結する。年末、採卵したイクラの販売は大切な収入源になっている。値段も市場価格の3分の1程度のサービス価格で「安くて美味しい」と評判を集め、全国から問い合わせがあるほどだ。売れ行きは好調だが「安すぎるので値段を少し上げたいと思っている」と価格の改定を検討している。それでも「市場価格より安く提供したい」という考えは変わっていない。また、採捕したサケは組合員に配るほかに、地元の輸出商社に販売している。「サケが捕れればそれなりの余剰金が出るが、捕れなければ話にならない」と近年のサケの採捕数の減少に危機感を募らせている。

回帰率の低下に伴う採捕数の減少は深刻で、採捕数が減れば採卵数も減少し、放流数も減少する。そこにまた回帰率の低下が加わるという出口のない「減少スパイラル」に入り込んでしまうと事業も縮小していかざるを得なくなる。「試行錯誤している。まずは赤字にならないようにすることが大切」と斉藤組合長は厳しい現状に対峙する胸の内を明かす。
これまで放流数を増やすことで採捕数の減少に歯止めをかけようとしていたが、県からは「回帰率を上げるために数を減らして、稚魚を大きく育てて放流する方が良い」という指導もあり放流数を減らしたが、新たな取り組みも始めた。

地元の高校生と一緒にサケの発眼卵放流を計画し、若い世代に能生川の魅力を伝えるとともにサケの採捕数を増やす取り組みで、目ができた状態の卵を川底の砂利の中に放流することで「自然に近い状態で放流することができるし、稚魚放流に比べてコストも抑えられ手間も掛からない」という。また、小学生にはサケの一生を学ぶ勉強会を開くほか、一緒に稚魚放流をするなど、能生川の豊かな自然とサケの魅力を伝えている。「組合員数は年々減少している。若い人に魅力ある漁協にしていかないといけない」と斉藤組合長は若い世代に向けた取り組みの意義を語る。
「私の子供のころもサケはほとんど能生川にいなかった」と斉藤組合長は振り返る。50年ほど前に漁協が放流事業を始めて、サケが能生川に戻って来るようになった。「放流してサケが帰ってきたときは組合も万歳して喜んでいたと思いますよ」と笑う。

「温暖化による海水温の上昇も原因ではないかと痛烈に思っている」と斉藤組合長は地球温暖化を回帰率低下の要因のひとつに挙げる。「海の魚も本来ならもっと暖かい流域にいる魚がこの辺りでも捕れている」という。川の自然環境を整えるだけではサケは帰って来ない。放流事業を頑張っても温暖化という地球規模の課題が途方もない大きな壁となって目の前に立ちはだかっている。それでも「先輩たちが残してくれた財産」だという能生川を守っていきたいと斉藤組合長は努力を続けている。
「中学3年のとき、写生大会があって川沿いを歩いていたんですよ。そうしたら、サケが5匹遡上してきて、組合の人たちが『サケが上がって来たぞー』って投網を持って走り回っていたんです。放流していない自然のサケですよ。それで3匹くらい捕獲したんじゃないかな。今でもその光景を覚えている」と斉藤組合長は能生川の思い出を昨日の出来事のように語り、やな場の点検に向かった。やな場を点検する斉藤組合長の上空でウミネコが大きく円を描きながら飛んでいる。やがて、ウミネコは北風を受けながら滑るように日本海へと向かった。


【糸魚川市に来たらこれ食べなっせ】
斉藤組合長のオススメ
「海鮮丼・定食 凪」
口コミ一覧 : 海鮮丼・定食 凪 (カイセンドンテイショク ナギ) – 能生/海鮮 [食べログ] (tabelog.com)
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