越後の川が紡ぐヒトとサカナの物語Vol.6 新潟県中魚沼漁業協同組合

2023/07/26

中魚沼漁業協同組合

  新潟県十日町市の松之山温泉は雪深い山あいにあり、鄙(ひな)を濃く感じることができる温泉郷で、有馬温泉、草津温泉と並び日本三大薬湯に挙げられている。有馬、草津と比べて知名度は低いが、切り傷や擦り傷などに効能があるとうたわれる薬湯の泉質を求めて多くの観光客が訪れる。
 こじんまりとした温泉街のメインストリートには湯宿が軒を連ね、里山が生み出した滋味あふれる地元の味覚を堪能してもらおうと、それぞれ趣向を凝らした料理を提供して宿泊客を喜ばせている。

 「松之山温泉の旅館の人たちに組合員になってもらいたいと思っている。組合で育てているイワナやヤマメなど川魚を温泉街で提供する料理に使ってもらいたい。刺身でも食べられる渓流魚は珍しい。うちで育てている渓流魚は生でも美味しく食べられる」と話すのは中魚沼漁協の村山徹組合長。川魚の風土豊かな味を多くの人たちに味わってもらうことで持続的な組合経営につなげていこうと、村山組合長は育てた川魚を手に地元を奔走している。

地下水を利用した渓流魚の養魚施設

 同組合は新潟県と長野県の県境に位置し、清津川と信濃川の合流地点を中心に十日町市、津南町、小千谷市の一部を管内とする県内有数の広いエリアを担う。清津川は豪雪地帯の雪解け水を集めながら流れる清流として知られ、そのほとりに組合事務所がある。組合員数は225人で、約900人の組合員数を数えたこともあったが、「高齢化で組合を辞める人も多く、組合員数の減少に歯止めがかからない」と村山組合長は厳しい現状を説明する。

 「組合員から理事になって組合経営を整理整頓して機構改革するために組合長になった」と村山組合長はこれまでの経緯を話す。「釣りが三度の飯より好きだという訳ではない」と笑う。2023年は2期目で、最初の任期は組合の機構改革にひらすら汗を流した。「機構改革は大変だった」と振り返る。

管内地域について説明する村山組合長

 敷地内には孵(ふ)化場や養魚施設も併設されているが、10匹以上の野良猫が養魚中に死んだ魚を目当てに敷地内をうろついていたこともあった。衛生管理などを改善することから始めた。「活動環境を良くする。そこが入り口だった」という。次に、地元企業で経営の陣頭指揮を執っている経験を活かし、「年間計画を決めたらそれに基づいてちゃんとやれるような仕組み作りが必要だと思った。プロセスをきっちりと決めて、しっかりとした内部組織に作り変えていくことが大切」と組合長に就任してからは機構改革に尽力した。

 それでも、組合事業を継続的に行うための収益面は厳しい状況が続く。平場ではアユ釣り。加えて、清流の清津川を管内に持つ中魚沼はヤマメやイワナなど渓流釣りを楽しむ人も多いという。アユ、ヤマメ、イワナなど放流魚については一生懸命やっているが、「遊漁券の売上も頭打ちの状態」だという。現場の努力だけでは難しい現状を感じ、遊漁券についても「ルアーやフライも竿釣りのなかに含まれて大きく分類されている。もう少し料金体系を細分化することで遊漁券の販売を増やせるのではないか」と遊漁券のあり方にも踏み込み、改革の必要性を説く。

清津川のほとりにある組合事務所

 「この現状の中でどうやって生き残っていくか。遊漁券販売のほかにも収益先を見つけないといけない。儲けではなく、組合を維持するための最低限の収入は必要」と、組合長就任1期目での機構改革に道筋をつけながら村山組合長は理事時代から構想を練っていた事業計画の実現に向けて動き出した。目を付けていたのは事務所に併設している養魚施設の活用で「4千万から5千万ほどの売上があってもおかしくない施設」という。

地下水を汲み上げるポンプも併設している

 同施設は清津川から取水せずに3本の井戸から地下水を汲み上げて利用しているが「地下水を汲み上げるための電気代だけでもかなりの負担だ」という。そのマイナス面をプラスに変えようと「地下水の水質をきっちりと検査して、生食できる渓流魚を安定的に育てて販売していければ地下水を使っていることを利点にできると思った」と村山組合長は事業構想の経緯を説明する。

清津川について説明する村山組合長

 同組合が管轄するエリアは新潟県でも有数の観光エリアとして知られ、高原アクティビティが楽しめる複合型リゾートホテルや温泉宿が立ち並ぶ。その地の利を活かして「地元のホテルや旅館にうちで育てた刺身でも食べられる川魚を提供することで事業収益の柱にしていきたい」と村山組合長は考えた。「1年かけて、このあたりのホテルや旅館を全部営業で回った」という。村山組合長自身、営業先で調理法やメニューの提案をしながら組合が育てた川魚の魅力を伝えた。「重量が3キロほどになる大きなニジマスをカルパッチョにしたら最高に美味しい。自分で調理してふるまったことがあるからこういう話ができる」と具体的に川魚の魅力を提案できるという。営業先にも実際に魚を厨房に持ち込んで、お互いに味を確認しながら「この魚はこういう料理に合う」などと意見を寄せ合った。「生育2年目は焼き魚、3年目で刺身にして丁度よい大きさになる」という。

 川の恵(めぐみ)を調理して食べる経験を村山組合長は子供のころから育んできた。「中学生のころは知り合いのおじいちゃんに教わって投網をずいぶんやった。ウグイが沢山捕れ、小さいウグイは煮干しにして(魚種に関わらず焼いて干すと煮干しとして出汁に使うことができるので)出汁に使う。その出汁で素麺を食べると本当に美味しい。稲刈りが始まるころはコイを釣る。一か所で20匹くらい釣れた。それを池に放して太らせるんです。翌年の秋には調理できるまで太るんです」と川の思い出を味の記憶と重ねながら話す。

阿賀野川と清津川の合流地点から管轄エリアが広がる

 「料理は好きで、魚は自分でいろいろ調理しますよ」と組合の現状を語る厳しい表情から一転、顔をほころばせる。「釣って食べるのが楽しいんですよ」と笑う。「管内でアユ釣りを楽しむ人も多いのですが、うちのアユは刺身にしても美味しいと評判が良い。ぶつ切りにして食べても良いし、釣ったらすぐにはらわたを出して石の上に置いて釣っている間に日干しにすると美味しいですよ」と調理方法も具体的で示唆に富む。港町まで買出しに出かけて、イワシを様々な調理法で料理して地元の宴席でふるまったこともあった。自ら包丁を握って調理する村山組合長の言葉は営業先で説得力に厚みを持たせた。また、地元で生まれ育った村山組合長は地縁も多く、営業先との信頼関係もあった。そんな地の利も活かしながら営業に回ることで興味を持ってくれる宿泊施設も増えてきた矢先、「新型コロナウィルス」の脅威が観光業を襲った。

 「なにが一番困ったかというとコロナですよ」と村山組合長は肩を落とす。村山組合長の営業努力もあって、理事時代から構想を練ってきた「うちで育てた川魚を旅館やホテルで提供してもらう」という事業の道筋がようやく見えてきた時だった。新型コロナウィルスが世界的に猛威を振るうなか、まん延防止等重点措置に伴い旅行も制限されたことで旅館業も大打撃を受けた。宿泊客は激減し、村山組合長の事業も歩みを緩めるしかなかった。

 「コロナが収束して観光業や旅館業が再び盛り上がるのをみんな楽しみにしている」と村山組合長はこれから観光客や宿泊客が増えていくことに期待する。そうなれば、旅館業も再び活気を取り戻し、組合で育てた川魚の需要も多くなり、収益確保につながると見込む。だが、収益だけを期待して取り組んできた訳ではない。「味は思い出や記憶となってずっと残る。川魚を食べた人たちが川の思い出となって記憶に残ってくれたらうれしい」と村山組合長は味の思い出から川の思い出へと想いを馳せてくれることを願っている。

 村山組合長の事業計画は組合を維持するための収入源という実利的な側面と小さいころから親しんできた川への愛情との両輪からなる。組合理念に沿った事業の本流とも言える。「宿泊業を営む人たちに組合員になってもらいたい」と話し、取引先として川魚を仕入れてもらうためでもあるが、当事者となって地元の川に主体的に関わって欲しいという想いでもある。「ここのヤマメやイワナが地場産業になって欲しい」と語り、地域全体で事業を盛り上げながら川への愛情へとつながっていくことに期待する。

 取材を終えると、「せっかくだから私が作った猪汁を食べて行きなさい。昨夜、ゆっくりと時間をかけて煮込んだから美味しいと思うよ」と村山組合長が声を掛けてくれた。丁寧に下処理され時間をかけて煮込まれた猪肉は柔らかく、歯を入れるとなんの抵抗もなく崩れ、同時にほんのりと甘い脂の肉汁と根野菜の旨味が溶けた味噌出汁が交じりながら舌の上を流れていく。「うまい!」と思わず声を挙げると、村山組合長はとても嬉しそうにほほ笑んだ。「美味しいものを多くの人たちに食べて欲しい」という村山組合長のまっすぐな想いが事業の原動力になっているようだ。

村山組合長がふるまってくれた猪汁

【十日町市に来たらこれ食べなっせ】
 村山組合長のオススメ

「林家 旅館」のイワナ定食
林屋旅館<新潟県十日町市> 【イワナづくし】絶品のイワナを余すところなく召し上がれ♪お刺身はもちろん天ぷらもウマイ!<2食付>【楽天トラベル】 (rakuten.co.jp)

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